心のたま——俳句

私と俳句

ソウル、白岳山のふもと。北漢山と仁旺山を仰ぐ私の住む小さな町には、たくさんの木や草や花がある。開発制限区に指定されている空き地を耕して、野菜と花を作っている人と親しくなった。季節ごとに姿を変えるその畑は、私の秘密の庭でもある。長い時間、ただ座って花を見て過ごすこともある。そこで、私はいくつもの花の名を知った。咲いて、陽を受け、風に晒され、雨に打たれ、種を結び、枯れていく。その花々が喜んだり、悲しんだり、苦しんだりすることも、土に触れ花を育てる人から教わった。花にも表情があるのだ。花をみつめる。企みのない無心で素直な姿。花が美しい、ということを、いま初めて知ったように思う。

 目を凝らす、心を傾ける、耳を澄ます、鼻も利かせる、皮膚は触覚になる。私をとりまく世界が新しい顔になる。その世界がふっと、ことばになって生まれる。五七五の音、俳句。世界が込められたことばは豊かに膨らむ。今度は、ことばが新しい世界を見せてくれる。感じさせてくれる。もっと見たい、感じたい。私は改めて世界を知りたくなる。